「28年後… 白骨の神殿」を鑑賞した。
その感想を書く。
※ネタバレ有り(前作のネタバレも含みます)
結論
「あー、あの人との子どもを作ったんだな」というのも嬉しい情報だった。
でも、part1程の感情移入は出来なかったし、音楽も耳に残るものは無かった。
正直なところ、「ガーランドの高難度の脚本を読んだ引き継ぎ監督が、あまり理解できないまま成果物を提出したような作品」だと感じた。
筆者と「28日後」シリーズ
もちろん特に関係はないが、「中立にこの作品をレビューできない理由」として「僕がどれだけこの作品を好きか」を書いておく。
前作「28年後」は本当に、本当に好きで、だから今作「白骨の神殿」も死ぬほど楽しみにしていた。
「28日後」も「28週後」も、もちろん愛している。
前作の好きなポイントを箇条書きにする。
・状況、情景にフィットした音楽(サントラも買った)
・スパイクの冒険と成長、という分かりやすいテーマ
早い話が「ダニー・ボイルが魅せる演出とアレックス・ガーランドの構想に、見事に虜になってたんだな」ということ。
他にも本作「白骨の神殿」を観て「前作はこういう点も良かったのか」と気付くこともあった。
そういう気付きは本文の中で織り交ぜて書いていく。
正直、「白骨の神殿」は良くなかった
不安で不安で仕方なかった「28年後」を観終えた時、いや、観始めて10分で心を掴まれた。
「あ、僕はもうこのジェットコースターに乗ってるだけで良いんだ」と、ストーリーに身を任せて、あっという間にラストまで観終えた。
心を大きく揺さぶられたせいか、エンドロール後もしばらく立ち上がれなかった。
ダニー・ボイル監督の“アタリ作品”を観終えた時特有の感覚。
ボイル作品はどれも尖ってるので、まるでジャルジャルのネタのようにハマれない時は本当にハマれない。
しかしとにかく「28年後 part1」はハマった。
この半年の期間で3回、全て新鮮な気持ちで観れた。
だから本作もとても楽しみにしていた。
もちろん監督が「ダニー・ボイル」から「ニア・ダコスタ」に代わると知っていたので、“ボイルっぽさ”は無いのは理解していた。
しかしあまりにも、、あまりにも、、、!
普通だった。
ネトフリ独占作品と言われても納得できるくらいに。
ストーリーの難しさ、わかりにくさ
「ストーリーが難しい」という感想には、「自分の知識不足」も関係している。
・背景設定の知識を知らない
とかなんとか。
特に今作のように「神」「キリスト」「悪魔」が根幹テーマである作品は、その辺りの事前知識がある程度は必要なんだと思う。
そんな自分の無知を棚に上げるつもりは無いが、僕は「分かりづらい」と感じた。
「part1」では、
主人公「スパイク」が、頼りないながらもエゴを通し、母親「アイラ」を助けるべく、危険な道を進んだ。
あまりにも無鉄砲で、危険で、でも、感情移入できる下地は整っていたから、応援したし、自分にも重ねた。
「スパイクの目的」いや「スパイクの欲求」が明白だった。
だからこそ、王道なラストにも思う存分感情を揺さぶられた。
それ以外にも、他キャラの目的がだいたい分かる作りだった。
というか分かりやすかった。
そして、「まだ正体が良くわからないキャラ」については、ミステリアスに描かれていた。
その分かりやすさが僕には必要だった。
登場人物(主に敵)にミステリアスさが無い
これも大いに僕の好みの話しだが、、、
part1で、ケルソン先生の存在が示唆された時、まだ「良い人なのか or 頭がオカシイ人なのか」が分からなかった。
つまりミステリアスな人物だった。
そしてスパイクが艱難辛苦(かんなんしんく)の末、なんとかケルソン先生の元へたどり着いた。
会って最初の会話
「彼はモルヒネで眠っている」
「こんな見た目ですまない。全身にヨードを塗っている。感染対策だ」
から
「彼は本当に医者だ」と、我々鑑賞者は心底安心した。
「ジミー」もそうだった。
part1のラストで、スパイクが追い詰められた時にヒーローの如く現れ、めちゃくちゃシュールに救った。
そして前向きな感じで終わった。
ジミーがヒーローなのか、ヤバイ方なのか分からない、それも「2作目までのお楽しみの一つ」だった。
しかしそれは、本作のオープニングですぐ「ヤバイ方でしかなかった」と判明した。
例えば、「良キャラの方の可能性」も残しつつ、でもやっぱりスパイクとは相反する、みたいな、そんな運びが欲しかったと個人的に思う。
シリーズ初作「28日後」の最後に出会う「ヘンリー・ウエスト少佐」は、とても頼りになり、彼との出会いは安心できた。
しかし、思想が倫理に反しており、主人公とも相対し、だから敵対した。
「ヘンリー少佐」には「ちょっと様子がおかしかったが、やっぱり敵だった」という良い不安定さがあった。
「ジミー」にはそれを感じなかった。
キャラクターが自主的に動いてない
大きなネタバレだが、終盤のケルソン先生の演舞。
まるであそこが一つの名シーンみたいになっているが、あれはストーリー上も“やらされ”であった。
まぁ、前作の「メメント・モリ」という重厚なテーマと同じ土俵で比較すべきではないが、やっぱり「ナニコレ」感は否めない。
肝心の「ジミー」も、何故だろう、たぶん僕の感じ方だと思うが、終始「ヤバイ風に見せたい」という意図を感じ、それのために残忍なことをしているように見えた。
例えばpart1ではジェイミー(スパイク父)がキレるシーンは、とてもナチュラルで、「父親がキレた時ってこんな感じだわ」というプレッシャーがあった。
登場人物の背景を描き過ぎではないか
というか喋らせ過ぎ?
これはストーリー上仕方がない。
今作は、part1のように「サバイブ中心」ではなく、「主要キャラたちの深堀り」に焦点が合っていたと思う。
だから、各キャラが何をしたがっているのか、どんな思想を持っているのか、を描く必要があった。
結果的にセリフ量が増えた。
ただやっぱりセリフ量が多い作品は、間延び感があるし、キャラのミステリアス度も減る。
映画の主要キャラには「凄み」がある方が良い。
「その辺に居そうなリアルな感じ」ではなく。
「ジミー」は、前作では「凄み」がある状態だったが、本作の割と序盤で「ちょっと怖いおかしい人」で止まってしまったように思う。
今作も「変な映画」ではあった
【まずpart1のこと】
part1はちゃんと変な映画だった。
制作陣の意図を知らないと、土手道を歩くシーンで流れる中世の戦争映像も「?」となるだろう。
本土シーンで流れる暗視スコープでの映像も?でしかない。
接写過ぎて、またはカメラワークがトリッキー過ぎて、位置関係が分からなくなるところも「28日後」と似ていて良かった。
そういう意味で「変な映画」だった。
【「白骨の神殿」もすごく変だった。】
「サムソン」との関係、というか状況。
「ジミー」の思想・行動。
特に「サムソン」については、半ばファンタジーを感じた。
付いて行けず、ちょっと心が離れた気がした。
「変な映画」は、それに付いていける人はハマれるし、ハマれない人は置いてけぼりを食らう。
僕は付いていけなかった。
キラーシーンが無かった
僕が「part1」の虜になった理由の一つが、「美しい映像」だ。
「ホーリー島」の自然の心地良さと醜い感染者の対比。
終始それに塗(まみ)れていた。
その中で、時折入る「ボイルらしい演出」。
些細なことだけど、
「古びた家屋の屋根裏で寝ているスパイクを、父親が引きずって起こすシーン」で、カメラがスパイクに併せて横→縦になるとことか、そういう尖った演出が一々カッコよかった。
対して「白骨の神殿」は、「静」の映像が多かった。
状況を俯瞰で説明するような映像ばかり。
わかりやすさは当然あった。
でも、ビジュアルで心を動かされることは無かった。
【28年後「白骨の神殿」】ネタバレ有り感想(60点):最後に
ラストで「彼」が出てきた時は嬉しかった。
「あー、あの人との子どもを作ったんだな」というのも嬉しい情報だった。
でも、part1程の感情移入は出来なかったし、音楽も耳に残るものは無かった。
正直なところ、「ガーランドの高難度の脚本を読んだ引き継ぎ監督が、あまり理解できないまま成果物を提出したような作品」だと感じた。


